1比べられている相手は、四つある
| 比べられる相手 | 例(業務用の洗浄機の場合) | 顧客が得るもの | 顧客が負担するもの |
|---|---|---|---|
| 同業(競合) | 同業の洗浄機 | 洗う時間が短くなる | 本体の費用、設置の手間、使いこなせるかの不安 |
| 別の手段(代替) | 洗浄の外注、使い捨ての資材 | 作業そのものがなくなる | 毎月の費用、受け渡しの手間 |
| 自前 | 人を増やす、シフトを組み直す | すぐ始められる。融通がきく | 賃金、募集と教える手間、辞めてしまう不安 |
| いまのまま | 手で洗い続ける | 変える手間がない。新しい出費がない | 今の人件費と残業代、現場の疲れ |
同じ商品でも、顧客がどの相手と比べているかで、伝えることが変わります。 同業が相手なら、機械どうしの違いが問われます。外注や増員が相手なら、「機械を入れる」というやり方そのものの価値が問われます。まだ機械にするかを決めていない相手に、同業との性能の差を語っても響きません。
2なぜ、「いまのまま」が選ばれるのか
二つに分けて考えます。
実際にかかる費用と手間。 切りかえには、導入で仕事が止まる日数、やり方を変える手間がかかります。見えにくいのは、言い出した人の立場です。変えてうまくいかなければ、その人の責任になります。いまのままで起きた不都合は、誰のせいにもなりにくい。こうした負担を見込んで慎重になるのは、筋の通った判断です。
気持ちの傾き。 選択肢の中に「今までどおり」があると、切りかえの費用がほとんどかからない場面でも、人はそれを選びやすくなります。現状維持バイアスと呼ばれ、実験でも実際の選択のデータでも確かめられています。今手にしているものを失う痛みは、新しく得られるもののうれしさより大きく感じられがちです。
今のやり方が選ばれているのは、気に入っているからとは限りません。変える理由が、まだないからです。
3「いまのまま」にも、二種類ある
- 足りている。 今のやり方で回っていて、本当に急ぐ必要がない。課題がまだ切実でなく、追う相手ではない
- 決められない。 変えたいのに、不安や材料の不足で決めきれない。見積書や導入の段取りの直しで動く相手
どちらなのかは、確かめるまで分かりません。
4「いまのまま」は、記録に残らない
営業の失注メモの理由の欄が、「価格」「他社」「時期尚早」の三択だったらどうでしょう。「人を増やした」「今のまま続けた」は、書く欄そのものがありません。
断る側にとって、「高い」は一番言いやすい理由です。様式に「いまのまま」の欄がなければ、書きようもありません。記録の欄を一つ足すだけで、数えられなかった相手が数えられるようになります。
5「いまのまま」に勝つには
- 今のままでかかっている費用を、見えるようにする。 人の時間も残業の手当も、毎月出ていっている。新しい見積書のようには目に入らないだけ。比べるときは、同じ期間の、同じ範囲の費用を並べる
- 切りかえの費用と手間を、実際に小さくする。 休業日の設置、慣れるまで今のやり方を残す
- 失敗したときの不安を軽くする。 故障時に誰が動くか、やめられる形があるか
商品の良さを伝えるのは、変わりたい気持ちを強める手です。けれども、変わるのを止めているのは、切りかえの手間と、失敗したときの不安と、慣れたやり方のほうです。良さをいくら強く伝えても、そちらは小さくなりません。上の三つのうち、二つめと三つめは、止めているほうに効く手です。
やりがちな間違い
A社の場合
架空の会社の例
A社のマーケティング課長、早川さんが失注メモを分け直すと、同業に負けたと分かる案件はわずかでした。一番多いのは、空欄と「価格」。どちらも「分からない」に入ります。「競合は同業の二社」という会議の前提は、記録では裏づけられていませんでした。早川さんは、営業部長に、理由の欄に「人を増やした」と「今のまま続けた」を足してもらうよう頼みました。
ほかの業種なら
A社 業務用の洗浄機
| 同業 | 同業の洗浄機 |
|---|---|
| 別の手段・自前 | 洗浄の外注、人を増やす |
| いまのまま | 手で洗い続ける |
| 「いまのまま」の見えない費用 | 洗い場の人の時間、残業の手当 |
B社 建材
| 同業 | 同業の断熱パネル |
|---|---|
| 別の手段・自前 | 別の工法、現場で手間をかけて施工する |
| いまのまま | 使い慣れた、従来の断熱材 |
| 「いまのまま」の見えない費用 | 職人の手間、工期の長さ |
C社 業務用のソフト
| 同業 | 同業の受発注のソフト |
|---|---|
| 別の手段・自前 | 今の業務システムに機能を足す、人を増やす |
| いまのまま | 表計算とファックス |
| 「いまのまま」の見えない費用 | 入力と確認の時間、転記の誤りの手直し |
D社 計測の機器
| 同業 | 同業の計測機器 |
|---|---|
| 別の手段・自前 | 検査の外注、人を増やす |
| いまのまま | 手作業の測定 |
| 「いまのまま」の見えない費用 | 測定にかかる人の時間、記録の手書き |
A社のほかは、考えるための仮の例です。
選んだ業種は、ほかの記事でも最初に開きます(この端末の中だけに残します)。トップでも選べます。
理解を確かめる
問1失注の記録に「他社」が少なく、「価格」と空欄が多い。ここから何が言えるでしょうか。答えを見る
負けた相手が分からない案件が多い、ということです。「価格」は断る側が一番言いやすい理由で、空欄の中には「いまのまま」が混ざっているかもしれません。記録の欄を足し、止まった案件を確かめにいきます。
問2「いまのまま」を選ぶ会社のうち、追うとよいのはどちらでしょうか。答えを見る
変えたいのに、不安や材料の不足で決めきれない会社。見積書や導入の段取りの直しで動く可能性があります。今のやり方で足りている会社は、追わない判断もあります。
やってみる
自分の会社の一件で
型02 止まった一件の書き出し
型2「止まった一件の書き出し」。止まった案件を一つ選び、顧客が何と比べていたかを、同業・別の手段・自前・いまのまま、の四つに分けて書きます。分からないものは「?」のまま。そのうえで、次の半年ぶんだけでも、失注の記録に「いまのまま」の欄を足せないか、営業に相談します。
- 時間の順
- 関わった人(この一件で、誰が何をしたか)
- 比べていた相手
本では
本では 『選ばれる理由のつくり方』
この話が、人のあいだでどう進んだか。
第2章・第4章。失注メモに欄を足してほしいと頼んだとき、営業部長はこう答えました。
「欄を足すのは構わんぞ。ただ、聞けるかどうかは別だ」
本について →本の該当箇所:第2章 第5節、第4章 第3・4節